『未来の約束』/書き下ろしSS
「えっ? じゃあ、リディヤは外出中でいないんですか??」
「はい。お洒落好きを自任するメイド数名を引き連れまして、朝から外出を。今日の午後に、アレン様が当家へお越しになることは承知しておられます。――『王都の目ぼしい店を巡って来るわ』と仰られていましたので、新しい服をお求めに行かれたのかと♪」
「アハ、アハハ……」
忙しい中、わざわざ部屋までの案内を務めてくれている、栗色髪で細身な女性――王国四大公爵家の一角、リンスター家メイド長のアンナさんへ曖昧な笑みを返す。
……昨日、大学校で別れた時、そんなことは一言も言ってなかったんだけど。
何度来ても慣れない屋敷の長い廊下の窓硝子に、魔法士のローブ姿の自分が映る。
少しは着飾って来た方が良かったかな?
『べ、別にあんたの為じゃ……そ、そもそも来るのが早いっ! 午前中は難しい、って言うから、昼食は勘弁してあげたのに。斬って、燃やして、斬るわよ?』
脳裏に、長く美しい紅髪を逆立たせ、次々と炎片を生み出していく真新しい私服姿の美少女――リンスター公爵家長女にして、『剣姫』の異名を持つリディヤが浮かんだ。
王立学校入学試験で出会って以来、もう四年近くも行動を共にしている腐れ縁なので、反応は容易に想像がつく。
……毎回思うけど、すぐ、斬ったり、燃やしたりする『公女殿下』はちょっと。何時、教育を間違えたんだろう?
僕の故国ウェインライト王国には、東西南北それぞれに広大な領地を持つ公爵家が存在している。そして、建国時の功績や、王家の血が入ったという歴史的経緯から、公爵には『殿下』の敬称が。その息子、娘も『公子殿下』『公女殿下』と呼ばれるのが慣例。
――つまり、リディヤ・リンスターは本物の御嬢様なのだ。
まぁ、思い起こして見ると、出会った時点で何でも剣で斬ろうとしていた子ではあった。学校長、上級魔法を剣で斬られて涙目だったし。
そうこうしている内に目的地――リディヤの私室前へ到着。
栗色髪のメイド長さんが木製扉を開け、振り返った。
「さ、アレン様、どうぞお入りください♪」
「ありがとうございます。……でも、本当に大丈夫なんでしょうか? 勝手に入ったりして」
「問題ございません! 『私が帰る前にあいつが来たら、案内をお願い』とお命じになられたのはリディヤ御嬢様ですので。また、他ならぬアレン様に秘密もないかと! では後程☆」
アンナさんは両手を合わせ心底楽しそうにそう告げると、扉を閉めた。
……いや、それって『私室へ通せ』という意味じゃないんじゃ……?
呆れながら、部屋の中を見回す。
ベッドとソファー。本棚や鏡付の化粧台。地味なクローゼット。
そして、窓際に置かれている小さな机と二脚の椅子。
年頃の女の子の部屋にしては相変わらず簡素だ。
僕は何時も通り、椅子に腰かけ――
「あれ?」
机の上の小箱に気が付いた。開いている。
中身はキラキラと陽光に輝く小さな球体――映像宝珠。
「珍しい、リディヤのかな?」
アンナさんを筆頭に、リンスター家のメイドさん達は常に持ち歩いているけれど。
何とはなしに宝珠を手にし、周囲を見渡す。
――誰もいない。
魔力からして、リディヤもまだ帰って来ていないようだ。
「…………」
少しの間躊躇するも、僕は好奇心に負けた。
宝珠に魔力を込め、中空に投影。
すると――
『ほら、あんたも早くこっちへ来なさいよ~♪』
東都旧獣人街に住む僕の母に憧れ、わざわざ仕立てたという紅と白の着物姿で、手には可愛らしい巾着。髪の花飾りを陽光に煌めかせ振り返る、笑顔のリディヤが映し出された。
心底嬉しいらしく、前髪も立ち上がり揺れている。
普段の凛とした『剣姫』しか知らない人達が見たら、きっと驚愕するだろう。
――背景に見えるのは朱色の鳥居と見慣れた森。間違いない。
年明け、東都でお参りへ行った時の映像だ。
「保管してくれていたのかな? でも『消したわ』って言っていたような……」
独白し頬を掻く。リディヤの意外な一面を知ったようで面映ゆい。
映像宝珠を持つ僕が、近寄りながら少し照れくさそうに声をかける。
『家で言ってなかった。――着物、とても似合っているね』
『フフ♪ 当然、よ』
鳥居を潜り抜け、はにかんだリディヤは僕へ手を伸ばした。
もう少し見ていたいけど、そろそろ消して――廊下を駆ける足音が耳朶を打ち、入り口の扉が勢いよく開く。
「も、もうっ! 来るのが早いのよっ‼ 屋敷に私がいる時――……ねぇ、アレン」
「――……な、何かな? リディヤ」
僕は腰を浮かせ、真新しい淡い紅基調のブラウスとスカート、布帽子を被る公女殿下から目を逸らした。
廊下から顔を覗かせたアンナさんを筆頭に、リンスター家のメイドさん達がニヤニヤ。
くっ! ま、まさか……魔力感知に引っかからないよう全力で隠蔽魔法を⁉
腕組みをしたリディヤが美しく微笑む。
「どうして、私の映像宝珠を見ているのかしら?」
「えっと、その……そ、そこにあったからかな?」
「ふぅ~~ん。――斬って、燃やして、斬るわ★」
瞬間、布帽子が宙を舞う。
一瞬で距離を詰め振り下ろされた手刀を、僕は辛うじて両手で挟んだ。
「ま、待った、待った! 今のギリギリだったってっ‼」
「は~な~せ~!!!!!」
リディヤがますます力を込め押してきた。頬を膨らませ、顔も真っ赤だ。漏れ出た魔力で窓硝子や壁も悲鳴をあげる。
い、いけないっ、このままだと屋敷自体にも被害がっ!
そんな中、映像宝珠内の少女は僕の手を取り、幸せそうに顔を綻ばせた。
『また来年も一緒に此処へ来ましょう? いいよ、しか認めないわ♪』
『我が儘な公女殿下だなぁ』
『公女殿下、きんしー。そ、それで、その……どう、なの?』
『勿論――』
答えを聞く前に僕の身体は宙を舞い、ベッドへと放り投げられた。
「わっ!」
思っているよりも動揺していたのだろう。魔法で対処する前に身体が沈み込む。
上半身を起こそうとすると、リディヤが徐に隣へ腰かけ脚を組んだ。
冷たく一瞥し、僕へ布帽子を被せ命令。
「動くの禁止。今から裁判を始めるわ」
「……お手柔らかにお願いします……」
扉の閉まる音が聞こえ、抵抗を断念する。アンナさん達は退き時を誤らない。
……一時の好奇心に負けた報い、か。
そっぽを向く少女の横顔を見上げ、素直に伝える。
「今日の服も似合っているけれど、着物の君は綺麗だった。また行こうね? 二人で」
「――……バカ」
白く細い人差し指が、僕の額を軽く打った。