『大切な人に想いを込めて』/書き下ろしSS
「メイド長、皆集合致しました」
「『目標』は、現在お部屋にてアレン様の課題ノートを解かれています」
「この後、午後の紅茶とお茶菓子をお持ちする予定になっております」
「菓子は教授が監修、執筆された『王都菓子店巡り』より、選りすぐりの品を御用意致しました!」
「今の所、我々の行動に気づかれた様子はございません」
王都、ハワード公爵家御屋敷の空き室。
カーテンが閉め切られ、薄暗いそこには、私――エリー・ウォーカーと同じく、メイド達も仕事を抜け出し、集まっていました。
みんなの目はとても真剣で『可哀そうだし、申し訳ない気持ちでいっぱいだけれど……絶対に失敗出来ない!』という緊張感に満ちています。
「エリー、貴女の方はどうですか?」
報告を静かに聞いていたハワード公爵家メイド長シェリー・ウォーカーの眼鏡が光りました。お祖母ちゃん、カッコいいです!
背筋が自然と伸び、緊張で両手を握りながら報告します。
「えっと、えっと……キッチンに材料は全て運び終えてあります。お菓子作りの本も用意したので、何時でもチョコレート作りを開始出来ます」
「先程の報告にもありましたが、専属メイドである貴女にも再度聞いておきます。……ティナ御嬢様に此度の件、気づかれてはいませんね?」
「は、はい」
頷くと、この場にいるメイド全員が安堵の表情を浮かべました。
何時もだったら、私の大好きな御嬢様――王国四大公爵家の一角で、北を統べるハワード家次女のティナ公女殿下に隠れて行動するなんて事はあり得ません。
でも、今回は……今回だけは、ダメなんです!
だって、ティナ御嬢様は……。
私達が黙り込んでいると、メイド隊に配属されてまだ日の浅い東都出身のとても綺麗な黒髪さんが手を挙げました。
「でも、どうしてここまで厳重に対処されるんですか? 女性から意中の殿方へチョコレートやお菓子を贈る異国の季節行事――『ヴァレンタインデー』でしたっけ?? ティナ御嬢様も、アレン様には大変感謝されていると思いますし、御屋敷のキッチンを使わせてあげても良いと思うのですが……」
『…………』
「――へっ? い、今の質問って、そんなに深刻な内容でしたか??」
気持ちは痛い位に分かります。
私だって本当はティナ御嬢様と一緒に、私達の家庭教師を務めて下さっているアレン先生へのチョコレートを作りたいです。
でも……。
俯く私の傍らで、黒髪さんが先輩達に取り囲まれ説明を受けます。
「……いい? 私達だって、意地悪でこんな事をしているわけじゃないのよ」
「ティナ御嬢様を心から愛しているのっ! 私達の可愛い御嬢様っ!! 何でも願いを叶えて差し上げたいっ!!!」
「けど、けどね……これだけは、これだけは駄目なのよ。うちのメイド隊の禁忌なの」
「アレン様に魔法を教えていただいて、今のティナ御嬢様に隙は殆どないわ。……唯一、料理やお菓子作り以外は」
「どうしてか、爆発したりするのよねぇ」「北都の御屋敷のキッチン、結界ごと何回吹き飛んだかしら?」「公爵殿下からも固く禁じられているのよ。……内々にだけど」
――パチン。
手の叩く音が響き、みんなの視線がお祖母ちゃんに集まります。
「とにかくです。エリーがこれからキッチンでチョコレート作りをすることは、ティナ御嬢様には内緒です。良いですね?」
『はいっ!』
一斉に唱和します。
出来る限り短時間で作り終えないとっ!
も、勿論、気持ちはたくさん込めますが……。
みんなが部屋を出て行く中、私が自分を奮い立たせていると、お祖母ちゃんが優しい顔になりました。
「エリー、分かっているとは思いますが……今晩お越しになられる予定のアレン様へチョコを渡す際は」
「ティナ御嬢様と一緒に渡します。リボンや入れる箱を選ぶのは、御任せしたいなぁ、って♪」
「――よろしいです」
抱きしめられ、頭を撫でられます。えへへ~♪
私は少し離れ、スカートの両裾を摘まんで頭を下げました。
「では、行って来ます」
「無事の任務完了を祈っていますよ」
*
唐突かもしれませんが、私にはちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、おっちょこちょいな所があります。
緊張してしまうとよく噛んでしまいますし、何もない場所で転んだりします。
アレン先生には『それもエリーの良さですよ。転ぶのは危ないので気を付けてほしいですが』と言われてもいます。
けど……嗚呼、どうしてこんな事になってしまったんでしょうか。
私が現実逃避をしていると、椅子に腰かけて足まで組まれたティナ御嬢様が、白金の薄蒼髪に触れながら私へ冷たい口調で質問されます。
心なしか、純白リボンが浮かび上がっているような……。
「それでぇ~? エリーはキッチンで何をしようとしていたのかしらぁ?? ……私を除け者にして」
「そ、それはですね……あのその…………テ、ティナ御嬢様、御顔が怖いですぅぅ」
視線を泳がせ、私はたじたじになってしまいます。
ティナ御嬢様に、極秘のチョコレート作りがバレた理由はとても簡単でした。
折角、お菓子作りの本を用意したのに、自分の部屋に忘れてしまい……。
慌てて取りに行ったところ、偶々書庫へ行かれようと部屋を出られた御嬢様と廊下で鉢合わせ。
その結果……今こうして、キッチンで尋問を受けている、というわけです。
「ふ~ん……『ヴァレンタインデー』か。ねぇ、エリー」
「は、はひっ!」
私の部屋から押収されてしまった、異国の行事についての本へ目を走らされたティナ御嬢様に名前を呼ばれます。
あぅあぅ……とっても良い笑顔ですぅぅ。
開いた入り口の扉からは、同僚のメイド達が代わる代わる顔を覗かせ、口を動かし伝達してきます。
『エリー御嬢様!』『どうして、ここぞっ! で……』『説得を、どうか説得をしてくださいっ!』『もしくは、アレン様が来られるまで私達の盾に』
……みんな酷いです。あんまりです。お姉ちゃん同然に思っているのに。
ティナ御嬢様が立ち上がり、私の両肩へ手を置かれました。
「この行事って、『意中の殿方へ、女性がチョコレートを贈る』のよね?」
「は、はひっ」
「な、なら……そ、その…………ま、前にも聞いたかもしれないけれど」
「???」
私は要領を得ず、小首を傾げます。
頬もほんのりと赤いですし、大丈夫でしょうか?
次の言葉を待っていると、ティナ御嬢様は上目遣いに私を見ました。
「せ、先生にチョコを贈るっていうことは、その……つ、つまり、そういうことなの!?」
「? アレン先生のことは大好きですよ♪」
「っ! そ、そう……」
「はいっ♪ だって」
私はそっと、一歳年下の御嬢様を抱きしめました。
何故だか、不安そうにされているので、額と額も合わせてしまいます。
「ティナ御嬢様を導くだけじゃなく、私にまで魔法を教えて下さった方ですから。こういう機会に、細やかですが御礼をしたいんです」
「――……ふぅ~ん。なら、良いわ」
ちょっとだけ恥ずかしそうに呟かれ、御嬢様は私の腕から脱出。
そして、わざわざ自分のお部屋から持って来られた、私も知らない真新しいエプロンを身に付けると、高々と宣言されました。
「エリー、私も一緒にチョコレート作るからっ!」
「! テ、テ、ティナ御嬢様……そ、それだけは、あのその…………」
ま、まずいです。こ、このままだと、御屋敷のキッチンがっ!
アレン先生、私はこういう時どうすればぁぁ。
救いを求め視線を彷徨わせていると、入り口の扉からお祖母ちゃんが顔を覗かせました。口を動かし、打開策をこっそり教えてくれます。
そうです。これなら!
「こっほん。――ティナ御嬢様、て、提案があるんですが」
*
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「へぇ~。じゃあ、エリーが材料を掻き混ぜたりして、ティナが型に入れてくれたんですね?」
その日の晩。
予定通り、御屋敷を訪ねて来られたアレン先生は、私とティナ御嬢様合作のチョコレートをとても喜んでくださいました。
外套を脱がれた白シャツ姿で、チョコを一つ摘まみ、口の中へ。
「は、はひっ。上手く出来たと思いましゅ。あぅ……」
「えっへんっ! 飾り付けだってしました!! 私だって、やれば出来るんです♪ 先生、もっと褒めてください☆」
「エリーとティナは本当に凄いですね。とても美味しいですよ」
「「えへへ~♪」」
ソファーに腰かけた私達は、嬉しくて身体を揺らします。
今日はヴァレンタインデー。
――大切な人に、チョコと共に秘めた想いを。