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『満開の花の下で』/書き下ろしSS

「わぁ……本当に凄い…………」

 巨大な正門を潜り、在校生に誘導され入学式会場へ向かっていた私――新入生の一人であるフェリシア・フォスは呟き、悠然と聳える大樹を見上げた。制帽下から覗く淡い栗色髪が暖かい春の風で揺れる。
 大樹の樹齢は千年とも二千年とも言われているけれど、あながち嘘ではないのかもしれない。私がいる小路にまで青々とした枝葉を伸ばし、無数の白花を咲かせている。
雲一つない空と合わさって、とても幻想的な光景だ。
 ――此処は王立学校。
 ウェインライト王国王都に数多ある学校の中でも名門中の名門として名高く、その盛名は私がつい先日まで住んでいた西都にも轟いていた。
 所謂、エリートの登竜門だ。
 王都で小さな商会を経営している父の勧めもあり、ダメもとで受験こそしてみたものの……受かるなんて思ってもみなかった。
 今でもどうして合格出来たのか正直分からない。
 論文が上手く書けた筆記はともかく、実技と面接は『失敗したな』と思っていたのに。

「ふぅ」

 少しだけ疲れてしまい、私は近くにあった木製ベンチへ腰かけた。
入学式まではまだ時間もある。休憩しても大丈夫だろう。途中で別れた父と母からも『何かあったらすぐに休みなさい』と言われたし。

「――綺麗」

咲き誇る満開の花の下、眼鏡の位置を直した私の前を、次々と真新しい制帽制服姿の生徒達が高揚した様子で歩いて行く。同期入学の子達だ。
 大半は人族だけれど、耳の長いエルフ族に赤い縮れ髪のドワーフ族。他にも王国西方では見慣れた長命種や少数民族の姿もちらほらと見える。他国の子もいるようだ。
当たり前の話だけれどみんなとても優秀そうで、瞳には強い意志が見て取れた。
 きっと、名家出身の子達ばかりなのだろう。

「…………」

 少し気後れを覚え、膝上で拳を握りしめる。
 あの子達は王立学校を卒業したら大学校へ進んで、魔法士の頂点である王宮魔法士や、王国中枢で働くことを目指しているに違いない。
 対して私は単に魔法書を読むのがちょっと好きなだけ。身体だって弱い。
 姓こそあるけれど、実家は生粋の平民。場違いだ。
 西都から出て来たばかりで友人だって……。はぁ、やっていけるかなぁ。
 暗い気持ちでぼんやり同期生達を眺めていると、私はある事実に気が付いた。
 ――生徒の中に獣人族が一人もいない。
 合格後に読んだ資料によると、そもそも王立学校を受験する獣人族自体も稀らしい。合格者ともなれば言わずもがな。
二、三年前に受かった『狼族の養子』が騒ぎになったくらいだ。
 嘘か真か、その人は王立学校を次席卒業したらしい。
 制帽についた花弁を指で取り、私は素朴な疑問を零す。

「今年も――獣人族の合格者はいないのかな?」

            *

「それじゃあ、お兄――こほん。兄さん、私は入学式の会場へ向かいますね?」

 小路の入り口で新入生を誘導している、腕章を着けた王立学校生を確認し、私――東都狼族のカレンは振り返った。
 すると、手が伸びて来て――

「カレン、リディヤは学校長に呼び出されているから、恥ずかしがらず昔みたいに『お兄ちゃん』と呼んでくれてもいいんだよ?」

 魔法生物の小鳥達を飛ばしていた、淡い茶髪で魔法衣を着た人族の少年――血の繋がらない兄であるアレンは片目を瞑り、制帽越しに私の頭をぽんぽん。

「ま、周りに人がたくさんいるんですよ? か、からかわないでくださいっ!」

 頬を膨らませ、ジト目。子供扱い禁止です。
 けれど、兄さんには通じず。世界で一番優しい笑みを見てしまえば、唇を尖らせて「……う~」と呻くのが精々だ。制帽下の耳と尻尾が嬉しさで自然と動いてしまう。
 時折、そんな私を見て『獣耳と尻尾に灰銀髪……まさか、狼族?』『何故、王立学校にいるんだ?』と、生徒や入学式に参列する保護者達の口が動き、次いで奇異の視線を向けられるのが分かるものの止められない。
 だって――私がわざわざ東都を出て、王立学校を進学先に選んだのは、今は王都の大学校へ通っている兄さんの傍にいたかったからで、それ以上でもそれ以下でもない。
 たとえ獣人族が王都で未だ根深い差別対象になっていようとも、だ。
 制帽越しに兄さんの手の魔力を感じながら、話題を強引に変える。

「そ、そう言えば、リディヤさんはどうして学校長の所へ行かれているんですか?」

 ――リディヤ・リンスター公女殿下。
 王国の東西南北それぞれに広大な領土を有し、建国時の功績により王家の血が入っている歴史的経緯から『殿下』呼称を許された四大公爵家。
 リディヤさんは南方を統べるリンスター公爵家の長女で、『剣姫』の異名を継承した凄い人だ。兄さんとは王立学校の入学試験で出会い、以来行動を共にしている……らしい。
 しかも最近では、兄さんに『剣姫の頭脳』なんて異名までわざわざ付けてっ。
 あの公女殿下は明らかに兄さんを狙っている。
 私が王都へ来た以上、好き勝手にはもうさせないけれど。

「ん? もしかして、あいつにも見送ってほしかったのかな??」
「ち、違いますっ! ……ただ」
「ただ?」

 兄さんが小首を傾げる。
 どうしよう。可愛い。とても可愛い。世界で一番可愛い。
 王都でお金を貯めて、映像宝珠をどうにかして買わないとっ!
 内心で意気込みつつ答える。

「いえ……無茶な事をしていないかな、って。随分と私の席次について不満だったみたいなので。昨日の晩も『どうして、カレンが――私の義妹が首席じゃないのよっ!』って、ベッドの中でずっと文句を。勿論、私は義妹じゃないですし、そんな未来は絶対に来ませんけど。さっきの小鳥達も監視の為に飛ばしたんですよね?」
「あ~……うん、まぁ一応ね」

 苦笑し、兄さんは制帽から手を外した。当たっていたらしい。
 王立学校時代、リディヤさんは幾度となく王立学校の施設を斬ったり、燃やしたりしたらしい。これから入学式なのに会場にまで被害が及ぶのは……。
そもそも、席次について悩まれていた学校長へ『狼族が首席や次席になって目立つよりも、奨学金をお願いします!』と頼んだのはこっちなので。
 両肩に兄さんの手が置かれ、私は半回転。
背中をほんの軽く押される。

「あいつと学校長はこっちで対処しておくよ。カレンは入学式を楽しんでおいで。終わったら空色屋根のカフェに寄ろう」
「はい、兄さん♪」

 大きく頷き、小路へと向かう。
 何時の間にか新入生達の姿も疎らになっている。急がないといけないかもしれない。
 ……狼族で『姓無し』の私と友達になってくれる子がいると良いな。兄さんが王立学校へ通っていた時みたいに。
 微かな不安を覚え肩越しに振り返ると、笑顔の兄さんが私へ手を振る中、長く美しい紅髪を煌めかせた剣士服姿の美少女――リディヤ・リンスター公女殿下が不機嫌な顔で戻って来るのが見えた。どうやら学校長との交渉は不首尾に終わったらしい。

            *

 王立学校の正門近くに、新入生とその保護者の姿は疎らだった。
「到着を遅らせたのは正解だったみたいね。これなら、私が目立つ事も……」
 そう独り零した私――王国四大公爵家の一角で、北方を治めるハワード家長女のステラは安堵とすると共に、自分自身の矮小さが嫌になり唇を噛んだ。

『王立学校に進学する必要はない』

 そう現公爵である父のワルターに直接宣告されながらも受験を強行し、入学を選んだのは私自身なのに……。

「…………はぁ」

 巨大な正門へと向かいながら小さな溜息を吐く。
 入学試験には全力を尽くした。少なくとも、今の実力は発揮出来たと思う。
 けれど結局――特別な銀飾りを授与される『首席』合格はおろか、『次席』にすらなれなかった。自分が情けない。
 面接官を務めて下さった学校長は、

『私もこの職に就いて長いが、入学時と卒業時の席次が一緒だったことは極めて稀だ。気に病む必要はない。現時点の君は十分優秀だと言える。じっくりと研鑽を積みたまえ』

 と、慰めて下さったものの、心は一向に晴れない。
 私は『次期ハワード公爵』として、恥ずかしくない姿を内外に示さないといけないのに。

「――っ」

 暖かい春の風が吹き荒れ、咄嗟に私は制帽と薄蒼髪を手で押さえた。
 すると、視線が上がり、正門上部の蔦に覆われつつある標語が目に飛び込んで来る。

『才有る者よ来たれ。本学の門は誰にでも開かれている』

 ……才有る者。
 無意識に制服の袖を握りしめ、私は目を瞑った。
 大丈夫、大丈夫よ、ステラ。今そうでなくても、努力を積み重ねれば何時かきっと。
 そうすればきっと、御父様だって私を次期公爵として認めて下さる筈――。

「入学式に参加する新入生の方! 急いで会場への移動をお願いしまーす」
「!」

 誘導役の先輩なのだろう。
 腕章を着けた真面目そうな男子生徒の声に、私は強制的に意識を戻された。
 ――いけない。『首席』や『次席』でなくとも、合格上位には入れたのだ。遅刻なんかしたら空席が目立ってしまう。ハワード公女殿下として、そんな事は許されない。
 私はほんの軽く自分の両頬を叩き、歩を進めた。

 入学式会場へと繋がっている小路の頭上には、白い花が美しく咲き誇っていた。

「幸先良し、ね」

 頭上を見渡しながら、私は微笑む。
 屋敷で読んだ文献によれば、入学式で大樹の花が満開になるのは珍しいことらしい。
 新入生の姿もないし、今だけは独占――。

「あら?」

 視線を前方へと戻すと、私と同じく満開の花を見つめる二人の生徒に気づいた。
 ベンチに座っているのは長く淡い栗色髪で小柄な人族の眼鏡少女。余り外に出ないのだろう、肌が蒼白い。
 もう一人は制帽から覗く灰銀髪が印象的で、白花を眺めつつ獣耳と尻尾を微かに動かす獣人族の少女。もしかして……王国でも滅多に会えない狼族⁉
 すると、私の視線に気づいたのだろう。新入生らしき少女達は

「「――あ」」

 ほぼ同時に声をあげた。
 その何だか気の抜けた姿に私の心も軽くなり、微笑んで近づく。

「こんにちは。貴女達も新入生――よね?」
「は、はい」「ええ、そうよ」

 眼鏡少女は立ち上がっておっかなびっくり。狼族の少女は凛々しく。
 ――うん、仲良くなれそう。
 弾む心に戸惑いながらも私は笑みを深め、新しい春の風が吹く中で名乗る。

「私はステラ。――ステラ・ハワード。貴女達の名前も教えてくれるかしら?」

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